万葉植物 あかね
アカネの花 アカネの花 アカネの実
基本情報
項目 | 内容 |
和歌中での植物名 | あかね |
和歌中での植物名表記 | 茜・茜草・安可補・赤根 |
和名 | アカネ・茜 |
分類 | アカネ科アカネ属 |
学名 | Rubia argyi |
万葉集内登場回数 | 13首 |
植物の特徴
アカネは、日本全国(本州、四国、九州)をはじめ、朝鮮半島や中国などに自生するアカネ科のつる性多年草です。山野の日当たりのよい林縁や藪などに多く自生しています。
茎は断面が四角形で、角に下向きの細かな逆刺(トゲ)が密生しています。この刺を周囲の植物や障害物に引っかけるようにして茎を伸ばして成長します。葉はハート型(三角状卵形)で、4枚が輪生しているように見えますが、そのうち2枚は托葉が変化したものです。
8月から10月頃にかけて、葉腋(葉の付け根)から枝を伸ばし、径3〜4mm程度の淡黄緑色の小さな花を多数咲かせます。果実は秋に熟すと黒色の球形(液果)になります。
地中には赤黄色のひげ根を多数持っており、古くからこの根を集めて煮出し、「茜染め」と呼ばれる赤色系の天然染料として利用されてきました。また、乾燥させた根は「茜草根(せんそうこん)」という生薬としても利用されます。
文化史・解説
万葉集における「あかねさす」の美学
万葉集において「あかね(茜)」は、植物そのものを詠み込むだけでなく、主に枕詞「あかねさす」として鮮やかに用いられています。「あかねさす」は、茜色に赤く照り輝く様子を表し、「日」「昼」「紫」「月」といった言葉を引き出す役割を果たしています。古代の人々にとって茜がもたらす赤色は、太陽の生命力や照り輝く光芒そのものを象徴する色彩でした。額田王の有名な「あかねさす紫野行き標野行き」の歌に見られるように、鮮やかな茜色と高貴な紫色の対比は、万葉歌人たちの豊かな美意識と感情の機微を鮮烈に際立たせています。
古代日本の染色文化と茜染め
アカネの根は、古代日本における最も重要な赤色系染料の一つとして重用されてきました。『延喜式』などの公的文献や歴史的記録にも見られるように、アカネの根から抽出される鮮烈な赤色は「茜染め」として宮廷の衣服や織物を彩りました。根に含まれるプルプリンやアリザリンといった色素成分は、アルミ媒染などによって深い赤から鮮やかな茜色まで多様な色彩を生み出します。植物の根という地中の生命から鮮烈な赤を引き出す技術は、古代の染色技法の中でも特に高度なものであり、朝廷の官位や儀礼を支える重要な文化基盤となっていました。
万葉植物としてのアカネと現代への継承
アカネは、現代の山野や林縁でもごく普通に見られる身近なつる性植物です。茎に密生する逆刺で周囲の草木に絡みつく逞しい生態を持ちながら、地中には歴史を動かした美しい色素を秘めています。現代においては、万葉植物園や歴史的緑地における万葉ゆかりの植物として保全・展示されるほか、伝統工芸における天然染料の再評価や、草木染めを通じた環境教育の教材としても注目を集めています。歴史的文脈と自然生態の双方を併せ持つアカネは、日本の植物文化史を今に伝える貴重な生き物と言えます。
万葉集における和歌と現代語訳
1番(巻2-169) 柿本朝臣人麻呂 |
読み下し文 あかねさす日は照らせれどぬばたまの夜渡る月の隠らく惜しも(成る本に、件の歌を以ちて後皇子尋の預言の時の歌の反と為せり〕 |
現代語訳 茜色に輝く太陽は照っているけれど、真っ暗な夜を渡る月(日並皇子)がお隠れになった(お亡くなりになった)ことが惜しまれてなりません。 |
2番(巻2-199) 柿本朝臣人麻呂 |
読み下し文 かけまくもゆゆしきかも〔一に云ふ、ゆゆしけれども〕言はまくもあやに恐き明日香の真神が原にひさかたの天つ御門を恐くも定めたまひて神さぶと岩隠りますやすみししわご大岩のきこしめす背面の国の真木立つ不破山越えて高麗剣和射見が原の行宮に天降りいまして天の下治めたまひ[一に云ふ、掃ひたまひて〕食す国を定めたまふとが鳴く東の国の御軍士を召したまひてちはやぶる人を和せとまつろはぬ国を治めと[一に云ふ、掃へと皇子ながら任したまへば大御身に大刀取り佩かし大御手に弓取り持たし御軍士をあどもひたまひ整ふるの音は雷の声と聞くまで吹き響せる小角の音も一に云ふ、笛の音は敵見たる虎か吼ゆると誰人のおびゆるまでに〔一に云ふ、聞き惑ふまで]捧げたる旗のなびきは冬ごもり春さり来れば野ごとにつきてある火の一に云ふ、冬ごもり春野焼く火の]風のむた扉くがごとく取り持てる弓の騒きみ雪降る冬の林に[一に云ふ、木綿の林かもい巻き渡ると思ふまで聞きの恐く一に云ふ、諸人の見惑ふまでに引き放つ矢の繁けく大雪の乱れて来れ一に云ふ、なすそちより来ればまつろはず立ち向かひしも露霜の消なば消ぬべく行くの争ふはしに「一に云ふ、朝霜の消なば消と言ふにうつせみと争ふはしに]渡会の斎の宮ゆ神風にい吹き惑はし天雲を日の目も見せず常間に覆ひたまひて定めてし瑞穂の国を神ながら太敷きましてやすみししわご大君の天の下申したまへば万代に然しもあらむと一に云ふ、かくもあらむと木綿花の栄ゆる時にわご大君皇子の御門を〔一に云ふ、さす竹の皇子の御門を]神宮に装ひまつりて使はしし御門の人も白たへの麻衣着埴安の御門の原に茜さす日のことごとじものい違ひ伏しつつぬばたまの夕になれば大殿をふりさけ見つつ熟なすいひもとほり侍へど侍ひ得ねば春鳥のさまよひぬれば嘆きもいまだ過ぎぬに思ひもいまだ居きねば言さへく百済の原ゆ神葬り葬りいませてあさもよし城上の宮を常宮と高くしまつりて神ながら詰まりましぬ然れどもわご大君の万代と思ほしめして作らしし香具山の宫万代に過ぎむと思へや天のごとふりさけ見つつ玉だすきかけて思はむ恐くありとも |
現代語訳 心に留めることも恐れ多く、言葉に出すことも畏れ多いことですが、明日香の真神の原に天の宮殿を恐れ多くも定めなさって、神々しく岩屋にお隠れになった、八州をお治めになるわが大君(天武天皇)がお聞き届ける北の国の、真木が立つ不破山を越えて、和射見の原の行宮においでになり、天下をお治めになって、治める国を定めようと東国の兵士をお召しになり、従わない者を平定せよとお命じになって皇子(高市皇子)にお任せになると、皇子は尊いお身体に大刀を帯び、お手に弓をお持ちになり、兵士を率いて整えられる陣の音は雷の響きと聞くほどで、吹き鳴らす小角の音や、捧げ持つ旗のたなびきは春の野火のようであり、手にする弓の擦れ合う音は雪の降る冬の林のようで恐ろしく、放つ矢の繁いのは大雪が乱れ降るようでした。従わずに立ち向かった敵も露や霜の消えるように消え去り、渡会の斎の宮から神風を吹き荒れさせて常闇に覆って定められた瑞穂の国を、永くお治めになり、わが大君が天下をお治めになるので万代までもこのようであろうと栄えていた時に、わが大君(皇子)の御門を神の宮としてお飾りして仕えていた人々も、白い麻衣を着て埴安の御門の原で茜色に輝く日の下に誰もが平伏し、夕方になると宮殿を仰ぎ見つつ、熟睡もできず徘徊してお仕えしようとするものの仕えきれず、春の鳥のように彷徨い歩けば、嘆きもまだ去らず思い出も静まらないうちに、百済の原から神としてお葬りし、城上の宮を永久の宮として高くお造りして、神としてお籠もりになりました。けれども、わが大君が万代までもと志してお造りになった香具山の宮が衰えて消えてしまうと思えましょうか、天を見るように仰ぎ見つつ、玉たすきをかけて思い続けましょう、どんなに恐れ多いこととしても。 |
3番(巻4-565) 賀茂女王 |
読み下し文 大伴の見つとは言はじあかねさし照れる月夜に直にへりとも |
現代語訳 大伴の御方が見つけたとは言いません。茜色に輝く美しい月夜に、私たちが直接お逢いしたとしても。 |
4番(巻6-916) 車持朝臣千年 |
読み下し文 あかねさす日並べなくにあが恋は吉野の川の露に立ちつつ |
現代語訳 茜色に輝く太陽が何日も経っていない(お逢いしてから数日しか経っていない)のに、私の恋心は吉野川の川霧のように立ち上り続けています。 |
5番(巻11-2353) 柿本朝臣人麻呂之歌集 |
読み下し文 長谷の弓月が下にわが隠せる妻あかねさし照れる月夜に人見てむかも「一に云ふ、人見つらむか] |
現代語訳 泊瀬の弓月が岳のふもとに私が隠しておいた妻を、茜色に明るく照る月夜に、誰かが隠しているのを見つけてしまうでしょうか。 |
6番(巻12-2901) 作者未詳 |
読み下し文 あかねさす日の暮れぬればすべをなみ千度嘆きて恋ひつつそ居る |
現代語訳 茜色に輝く日が暮れてしまうと、どうしようもなくなり、何度も何度も嘆いてはあなたを恋い慕っています。 |
7番(巻13-3270) 作者未詳 |
読み下し文 さし焼かむ小屋の問屋にかき業てむ破薦を敷きて打ち折らむの酸手をさし交へて寝らむ君故あかねさす昼はしみらにぬばたまの夜はすがらにこの床のひしと鳴るまで嘆きつるかも |
現代語訳 焼き捨ててしまうようなボロ小屋に、捨ててしまうような破れた薦を敷いて、へし折ってしまうような細い腕を差し交わして一緒に寝るようなあなたゆえに、茜色のさす昼間は一日中、真っ暗な夜は一晩中、この寝床がギシギシと鳴るほどに嘆き悲しんでいるのです。 |
8番(巻13-3297) 作者未詳 |
読み下し文 玉だすきかけぬ時なく我が思ふ妹にしはねばあかねさすはしみらにぬばたまの夜はすがらに眠も寝ずに妹に恋ふるに生けるすべなし |
現代語訳 いつも心にかけて思っている愛しい妻に逢えないので、茜色のさす昼間は一日中、真っ暗な夜は一晩中、眠ることもできずに妻を恋い慕うばかりで、生きていくすべもありません。 |
9番(巻15-3732) 中臣朝臣宅守 |
読み下し文 あかねさす昼は物思ひぬばたまの夜はすがらに音のみし泣かゆ |
現代語訳 茜色に輝く昼間はずっと物思いに沈み、真っ暗な夜は一晩中声をあげて泣いてばかりいます。 |
10番(巻16-3857) 大伴宿禰家持 |
読み下し文 食めどうまくもあらず寝ぬれども安くもあらずあかねさす君が心し忘れかねつも |
現代語訳 食事をしても美味しくなく、眠っても心が安らぐことがありません。茜色に輝くように明るいあなたの心が忘れられないのです。 |
11番(巻19-4166) 大伴宿禰家持 |
読み下し文 時ごとにいやめづらしく八千種に草木花咲き鳴く鳥の声も変はらふ耳に聞き目に見るごとにうち嘆きしなえうらぶれしのひつつありけるはしに木の晩の四月し立てば夜限りに鳴くほととぎす古ゆ語り継ぎつるうぐひすの現し真子かもあやめぐさ花を娘子らが玉貫くまでにあかねさす昼はしめらにあしひきの八つ峰飛び越えぬばたまの夜はすがらに晩の月に向ひて行き帰り鳴きとよむれどいかに飽き足らむ |
現代語訳 季節が移り変わるごとにますます素晴らしく、様々な草木が花を咲かせ、鳥の声も変わっていきます。それを見聞きするたびに嘆いて心を痛めていた折しも、木暗い四月になると夜ごとに鳴くホトトギスは、昔から語り継いできたウグイスの愛しい我が子でしょうか。あやめ草の花を乙女たちが玉と一緒に糸に通して薬玉にする頃まで、茜色のさす昼間は一日中、幾重もの峰を飛び越え、真っ暗な夜は一晩中、明け方の月に向かって行きつ戻りつ鳴き響かせていますが、どうして聞き飽きることがありましょうか。 |
12番(巻20-4455) 大伴宿禰家持 |
読み下し文 あかねさす昼は田陽びてぬばたまの夜の暇に摘める芹これ |
現代語訳 茜色の輝く昼間は田の仕事で忙しく、真っ暗な夜のわずかな合間に摘んだ芹がこれです。 |
13番(巻1-20) 額田王 |
読み下し文 あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る |
現代語訳 茜色に照り映える紫草の野を行き、標野(御料地)を行きながら、野の番人は見ているのではないでしょうか。あなたが私に向かって袖をお振りになるのを。 |


