top of page

菊花の美が奏でる文明開化の美学:『菊花明治撰』に見る古典園芸と絵画芸術の昇華

  • 2025年4月1日
  • 読了時間: 8分

更新日:8月6日



1. 時代を超えて咲き匂う百花爛漫の情景




秋風が澄み渡り、山野が鮮やかな装いを見せる季節になると、日本の人々の心は古来より一輪の気高き花、すなわち菊へと引き寄せられてきました。近代化の波が押し寄せ、社会の仕組みや人々の生活様式が激変していた明治時代においても、菊に対する情熱が絶えることはありませんでした。むしろ、江戸時代に開花した精妙な園芸技術と品種改良の成果は、明治という新たな時代において文化的な結晶となり、多くの書物や図譜として後世へと書き残されることとなったのです。


その象徴的な結実として今日に伝えられるのが、明治24年(1891年)10月に出版された菊の彩色図譜『菊花明治撰』であります。一頁をめくるごとに現れる色鮮やかな菊花の姿は、単なる植物の観察記録にとどまりません。そこには、移ろいゆく季節の美を愛でる繊細な感性や、自然の造形を極限まで探求しようとした先人たちの美意識が息づいています。


近代化へと邁進する当時の日本において、こうした植物図譜が編纂された背景には、伝統的な園芸文化を記録として保存し、その芸術的価値を世に示したいという強い願いが存在しました。百花繚乱の咲き姿を捉えた画面からは、静寂のなかに潜む生命の躍動と、日本の花卉文化が到達した高雅な世界観が漂い出しており、現代を生きる私たちの心にも深い余韻を投げかけています。




2. 武士の矜持と南画の精緻が紡ぐ編纂の軌跡




『菊花明治撰』という稀代の画集が誕生した背景には、二人の人物による卓越した志と技術の融合がありました。本書の編纂および出版を主導したのは、鹿児島県士族の経歴を持つ今井兼角(〜明治27年(1894年))であります。幕末から明治への大転換期を経て、武士という立場から新たな時代の文化継承者へと転身した今井兼角は、江戸時代に独自の発展を遂げた多彩な菊の品種が途絶えることを深く惜しみ、その姿を不朽の図譜として遺すことに情熱を注ぎました。自ら「遊花堂」や「遊花老」と風雅な号を名乗った今井兼角は、単なる鑑賞者にとどまらず、画集の刊行前年である明治23年(1890年)に栽培指南書『菊花培養手引草』を執筆し、自らが版元(出版者)となって刊行するなど、消えゆく園芸文化の保存と普及に自費と情熱を惜しみなく投じた人物でした。


そして、その高い理念を精緻極まる絵画として画面上に結実させたのが、明治から大正期にかけて活躍した日本画家・南画家である長田雲堂であります。嘉永2年(1849年)に越前国(現・福井県)に生まれ、大正11年(1922年)に至る画業のなかで、福井の近代美術史に大きな足跡を残した「越前三堂」の一人に数えられます。京都で日根対山や中西耕石に師事し、さらに長崎で鉄翁祖門の指導を受けた長田雲堂は、明治3年(1870年)には清国へ渡り、本場の中国文化や文人画の伝統を深く研鑽しました。この本格的な東洋画の修行によって培われた繊細な筆致こそが、『菊花明治撰』の圧倒的な描写力と細部への正確性を支える基盤となったのです。


画面上で描かれた『幣紅葉』や『金餝衣冠』をはじめ、『今井山吹』、『値千金』、『落花孤鷺』といった銘花の数々は、花弁の一本一本の折れ曲がりや色彩の微妙な濃淡に至るまで、植物学的な正確さと美術的な格調高さを高い次元で両立させています。長田雲堂の巧みな墨線と賦彩は、実物を目の前にしているかのような臨場感をもたらすとともに、文人画特有の気品ある精神性を美しく表現することに成功しています。今井兼角の文化的な情熱と長田雲堂の至高の画技が交差したことで、本書は単なる品種カタログを超えた美術作品としての昇華を遂げたといえます。




3. 狂い咲く弁姿と園芸技術が創り出す命の造形




『菊花明治撰』に収録されている中心的な題材は、江戸時代後期から明治にかけて人々の心を魅了した「江戸菊」をはじめとする古典菊の数々であります。江戸菊の最大の植物学的特徴であり、観賞上の真骨頂とされるのが「花芸」と呼ばれる独特の花弁の変幻現象であります。


一般的な花弁が一度開花するとその形状を保つのに対し、江戸菊は開花から満開、そして咲き終わりへと至る約30日間の過程で、その姿を劇的に変化させます。文化・文政期(1804年〜1830年)に流行し「正菊」とも呼ばれた江戸菊は、開花が始まってからの最初の10日間で花弁が平らに開き、続く10日間で花弁がねじれながら内側へ立ち上がり、中心部の筒状花を包み込むように抱え込んでいきます。そして最後の10日間で渦を巻くような見事な姿へと至るこの動的な変化は「狂い」とも称され、日ごとに異なる表情を楽しむ風雅な観賞習慣を生み出しました。栽培面においては、一株から9本から15本の茎を仕立てる「篠作り」などの高度な技法が用いられ、各枝の花が一斉に「狂い」を見せる壮観な仕立てが追求されたのです。


こうした古典菊の多様性と技術的特性を明確に理解するために、各地で独自に発展した代表的な品種系統の特徴を比較表にまとめます。


古典菊の品種系統

発祥の地と確立時期

花容および動的変化(花芸)の特性

伝統的な仕立てと観賞の技法

江戸菊(狂い菊)

江戸(文化・文政期(1804年〜1830年))

開花後、花弁がねじれて立ち上がり、中心を包むように変化する

篠作り(9〜15本立て)を用い、咲き進む毎日の変化を観賞する

嵯峨菊

京都・嵯峨(平安時代初期発祥)

刷毛のように細い花弁が上に向かって直立し、花芯を見せる

七五三作り(上段3・中段5・下段7花)で仕立て、殿上から見下ろす

肥後菊

肥後・熊本(宝暦年間(1751年〜1763年))

花弁が重ならず隙間があり、清冽で整然とした一重咲きを示す

鉢植えではなく専用花壇に直接植え、色彩と配置の調和を愛でる

伊勢菊(松阪菊)

三重・松阪(天保〜嘉永期(1830年〜1855年))

咲き始めは花弁が縮れ、次第に伸びて下垂する奇巧な姿を持つ

垂れ下がる繊細な花弁の揺らぎを楽しむ鉢植え観賞


上表に示したように、日本各地で育まれた古典菊は、単なる花弁の形や色の違いにとどまらず、咲き進む時間の経過そのものを美として捉える独自の鑑賞文化を形成していました。長田雲堂は『菊花明治撰』において、この一瞬の「狂い」の美を静止した紙面上に捉え、花弁の捻転や重なりが見せる立体感を正確な線描で表現しました。この細部への深い観察眼は、当時の園芸家たちが注ぎ込んだ育種技術への敬意でもあり、命の変化を尊ぶ日本の伝統的な植物観を如実に物語っています。




4. 抱え咲きに宿る粋の美学と高貴なる象徴性




江戸から明治に至る人々が、完璧に整った花容よりも、刻一刻と変化する「狂い菊」に魅了された精神の裏には、日本独特の美意識である「粋」の精神構造が存在します。一形式にとどまることなく、移ろいゆく姿に一期一会の美を見出す美学は、万物が流転するという自然観や死生観と深く結びついています。完全な形よりも、完成に向かって変化し、あるいは崩れゆく過程にこそ命の切なさや風情を感じ取る感性が、菊の栽培と観賞を通じて精緻に洗練されていきました。


一方で、明治時代における菊は、こうした大衆的で風雅な「粋」の対象であると同時に、国家や社会の近代化を象徴する重要な文化的アイコンでもありました。天皇家の象徴としての「十六葉八重表菊形」をはじめとする菊花御紋章は、重厚な品格と伝統の象徴として装丁や工芸品に使用されました。


同時に、政財界の重鎮や旧大名家にとっても、菊花の栽培は自らの美意識を示す高尚な嗜みとされました。政治家である大隈重信は明治29年(1896年)より早稲田の邸宅で本格的な菊作りを開始し、大菊や狂い菊(江戸菊)、嵯峨菊、一文字菊、丁子菊など多種多様な銘種を集めて広大な菊花壇を設置しました。また、旧小浜藩主の酒井忠興も大隈重信に続いて明治39年(1906年)頃から菊作りを開始し、『勝鬨』、『代々の誉』、『白鷺城』といった銘花を作出して一般に公開し、多くの人々を集めました。明治44年(1911年)や大正元年(1912年)の文献にも記録されているように、これらの菊花壇は風雅な幕を巡らせた会場で人々に披露され、千種におよぶ菊が咲き誇る景観は人々に深い感銘を与えました。


このように、明治という時代において菊は、格式ある象徴としての厳粛な側面と、園芸の歓びを分かち合う風雅な文化という側面の両輪を携えていました。庶民の「粋」な遊び心から指導者の高尚な嗜みに至るまで、菊は人々に愛され、社会全体に美意識の変革をもたらす特別な植物であったのです。




5. 先人の情熱を現代の暮らしに受け継ぐ美の継承




『菊花明治撰』が編纂されてから百数十年が経過した今日、私たちが生きる現代社会は目覚ましい技術革新を遂げた一方で、季節の移ろいや自然の微細な変化を感じ取る機会は稀薄になりつつあります。しかし、今井兼角が抱いた文化継承への熱意や、長田雲堂が絵筆に込めた細部への情熱は、決して過去の遺物ではありません。


日本花卉文化株式会社は、こうした先人たちが築き上げた豊かな花卉文化と精神性を現代の暮らしの中に再び呼び覚まし、未来へと正しく受け継いでいくことを重要な使命と考えております。一輪の花と丁寧に向き合い、その開花の過程や姿の変化に心を寄せる豊かな時間は、多忙な現代人の心に深い癒やしと潤いをもたらしてくれます。


『菊花明治撰』に描かれた千姿万態の菊の姿は、私たちが受け継いできた自然観や美学の深さを今も静かに語りかけています。古人が一輪の花弁の傾きに「粋」を見出し、一瞬の生命の輝きを慈しんだように、伝統的な植物文化への深い理解と愛着を育むことこそが、心豊かな未来の生活文化を創造するための第一歩となるでありましょう。






上之巻


今井兼角 著『菊花明治撰』上之巻,今井兼角,明24.10.国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/12899963


bottom of page