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美と知が紡ぐ草木の命:明治初期『博物図』に宿る本草学の伝統と近代教育の昇華

2025年5月1日
読了時間: 8分

更新日:8月9日


古い植物図鑑のページで、青緑の葉の形見本が横一列に並び、上部に漢文と英語の説明、赤い印が押されている。




1. 文明開化の教室に咲き誇る知と美の視覚絵図




新しい時代の風が吹き抜けていた明治初期、全国各地に誕生した小学校の教室において、子どもたちの視線を一身に集める彩り豊かな絵図が存在していました。黒板の脇や壁面に掲げられた大判の教育用掛図、すなわち『博物図』です。当時の子どもたちにとって、未知なる動植物や自然現象の世界を鮮やかに描き出したこの掛図は、知的好奇心を強烈に刺激し、自然科学への探究心を開花させる一条の光となりました。


明治6年(1873年)から明治11年(1878年)にかけて文部省より刊行された『博物図』は、単なる視覚教材の枠を超え、江戸時代に培われた本草学の美学と西洋の近代合理主義が昇華した文化の結晶です。画面いっぱいに描かれた草木の精緻な姿形は、近代国家としての歩みを始めたばかりの日本において、人々が自然をどのように観察し、知識を共有しようとしたかを示す雄弁な歴史的証言といえます。静謐でありながら命の息吹を感じさせる色彩表現は、教育という営みが本来備えていた美意識の高さを今に伝えています。




2. 幕末の熱情から近代教育へ受け継がれた知識の系譜




『博物図』誕生の背景には、幕末から明治へと続く知識人たちの並々ならぬ情熱と、西洋教育思想との出会いが存在していました。安政3年(1856年)に幕府が設置した洋学研究機関である蕃書調所では、交易上必要な鉱物、動物、植物の知識を集積する「物産学」が開講されていました。その所内にはほぼ同時に画図室が設けられ、緻密な博物図譜の制作が推し進められていたのです。この蕃書調所で勤め、のちに文部省博物局において理科掛図刊行の中心人物となる田中芳男は、まさに江戸の本草学と近代博物学を繋ぐ象徴的な存在でした。


明治新政府のもとで近代教育制度が急速に整備される中、欧米から導入されたのが「実物教授」と呼ばれる教育理念でした。実物やその精密な模写を直接観察させることで、児童の直観と思考力を養うこの教授法を実現するため、大型の視覚教材が不可欠とされたのです。文部省が構想した『博物図』は、アメリカのハーパー・アンド・ブラザーズ社から文久2年(1862年)に出版されたマージア・ウィルソンとノーマン・アリソン・カルキンズ編著の『School and Family Charts』中の動植物図を参考として制作されました。内務省が明治11年(1878年)に購求した記録も残るこの西洋図版は、日本の実情に合わせて見事な翻案が施されることになります。


制作の現場には、日本画と洋画の双方における最高峰の画師たちが結集しました。伝世する『列品目録』の記載によれば、伝統的な筆致で生命の機微を描き出す日本画側には中嶋仰山、服部雪齋、岩崎灌園らが名を連ね、洋画の精緻な透視図法や写実的描法を担う側には平木政次や横山慶次郎が参画しました。さらに長谷川竹葉らも絵図を手掛け、伝統的な絵画技法と西洋の科学的視線が見事に調和した独自の世界観が構築されたのです。




3. 銅版と木版の交錯が描く緻密なる生態と図譜の対比




文部省から刊行された『博物図』は、動物5図および植物5図の計10図によって構成されており、縦約58センチメートル、横約81センチメートルという大判の紙面に迫力ある構図で描写されています。現在の国立公文書館デジタルアーカイブには、そのうち動物第1、2、3、5図、および植物第1から4図が大切に所蔵されています。


印刷技法においては、西洋から導入された銅版墨摺りによって輪郭線を極めて精緻に彫り込み、その上から和本の伝統である木版多色刷りによって温かみのある色彩をのせるという、当時の最先端かつハイブリッドな技術が投入されました。この工芸的精妙さにより、細線による正確な解剖学的特徴と、木版ならではの豊潤なグラデーションが見事に同居することとなりました。


植物図の具体的な構成を観賞すると、植物第一図は「植学入門ノ階梯」として植物の葉や根、花の形態を彩色画で分解・提示し、和名に加えて英語名も併記されています。長谷川竹葉が手掛けた第二図では米、麦、粟、トウモロコシといった穀物類、莢豆類、根塊類が整然と区画分類され、続く第三図では葉茎類、ワサビやニンニクといった葷辛類、海藻類、きのこ類が配置されています。さらに第四図をはじめとする果物や野菜の図においては、植物学的な生態描写にとどまらず、果実の保存方法や調理・食用方法といった生活に直結する実用的な解説文が付記されていました。


原点となった西洋の教育掛図と、日本の文部省が翻案・出版した『博物図』の特質の違いを理解するため、両者の構造的特徴を以下に対比いたします。


対比項目

西洋原典『School and Family Charts』

明治刊『博物図』(文部省)

制作の背景と主眼

欧米の家庭および初等学校における一斉教授用・実物教授用視覚教材

明治教育制度の確立と本草学から近代植物学への橋渡し

製版・印刷技法

主に西洋の多色印刷技術(石版・銅版等)による厚紙への印刷

銅版墨摺りの繊細な輪郭線に木版多色刷りで色彩を重ねる技法

画家・描写の体系

西洋の挿絵画家による分類学に基づいた写実的図版

服部雪齋や平木政次ら和洋の画師による科学的精密さと美意識の融合

解説文と文化的要素

入門単語や図形、色彩など基礎概念の教授を重視した英語テキスト

英語名・和名の併記に加え、食文化や保存法など独自の生活知を包含


このように、『博物図』は西洋の合理的な構図を正確に移植しつつも、日本の匠の手による版木と絵の具のぬくもりが注ぎ込まれることで、単なる学習用図版を超えた至高の美術工芸品へと高められました。




4. 実物教授に託された自然観と日本人の美意識




『博物図』が明治の教育現場で絶大な歓喜をもって受け入れられた理由は、単に西洋の珍しい知識を提供したからだけではありません。そこには、江戸時代の本草学を通じて日本人が育んできた自然に対する深い慈しみと、命の関わりを尊ぶ精神構造が息づいていたからです。


日本人は古来、植物を人間から切り離された単なる観察対象としてではなく、四季の移ろいとともに暮らしを彩り、命を養う不可分な伴侶として捉えてきました。のちに日本植物学の父と称される牧野富太郎も、幼少期にこうした『博物図』の瑞々しい描線に触れたことで、自然科学への無限の好奇心を芽生えさせたと言われています。教室の黒板脇に掲げられたたった一枚の図版が、一人の少年の情熱に火をつけ、日本の科学史を動かす原動力となった事実は、視覚教材が持つ圧倒的な感化力を物語っています。


図中に添えられた「食べ方」や「保存法」といった実用的な文脈も、自然の恵みを無駄にせず、暮らしの知恵として尊ぶ日本人の生活美学の表れです。植物の美しい姿を愛でると同時に、それが人々の生命を支える資質を観察し愛おしむ姿勢は、本草学の根底にあった薬草・物産への恩恵に対する敬意そのものでした。科学的精確さを追求しながらも、画面の随所に漂う優美な品格は、自然と人間が織りなす調和の美学を静かに主張しています。




5. 現代の暮らしに受け継がれる先人の情熱と草木への敬意




文明開化の波涛の中で、田中芳男をはじめとする先人たちが情熱を傾けて創り上げた『博物図』は、明治から令和に至る長い年月を経た今もなお、その魅力を失うことはありません。第二次世界大戦時の混乱や疎開による流転を乗り越え、国立公文書館や国立科学博物館などのアーカイブに守り伝えられた絵図群は、近代日本の知的な夜明けを物語る至高の文化遺産です。


日本花卉文化株式会社は、植物を通じて人々の心豊かな暮らしを創造するにあたり、これら先人たちが『博物図』に注ぎ込んだ観察の美学と自然への尊厳を今一度深く見つめ直しています。科学的な知性と詩的な美感が一つに溶け合ったこの掛図の精神は、デジタル技術が高度に発達した現代においてこそ、本物の自然と触れ合う大切さを私たちに問いかけています。


150年以上の時を超えても色褪せない鮮やかな色彩は、私たちの足元にある植物の豊かな命のいとなみを優しく照らし出しています。先人たちの執念と技術によって描かれた一輪の花、一小節の葉の美しさに心を寄せることこそが、現代社会の中で豊かな精神性を保ち、自然とともに豊かに生きるための普遍的な鍵となります。古の掛図が教えてくれる自然への愛おしさを胸に、日本花卉文化株式会社はこれからも、草木が織りなす無限の美と感動を人々の日常へと届けていきます。








第一図


明治6年に文部省から発行された博物図の第一図です。多様な植物の葉の形が彩色画で並べられそれぞれの名称が記されています。
画家は、東京帝国大学に職を奉じ、植物を多く描いた加藤竹斎。「植学入門ノ階梯」として、植物の葉や根、花の形を彩色画で描いています。植物の名前には、英語名も記載されています。 第一図 原図サイズ:58cm×81cm https://www.digital.archives.go.jp/gallery/0000000008







第二図


明治時代に発行された博物図の第二図です。桃や柿などの果実やかぼちゃ、茄子などの野菜が彩色画で並べて描かれています。
画家は、明治時代の歌川派浮世絵師の長谷川竹葉。瓜花類は、上下に分けられ、上段に桃・梅・柿といった果実類が、下段には、かぼちゃ、茄子、瓜等が彩色画で描かれています。 第二図  原図サイズ:58cm×81cm https://www.digital.archives.go.jp/gallery/0000000009







第三図


明治時代に文部省から発行された博物図の第三図です。米や麦、粟などの穀物類が彩色画で並べて描かれています。
画家は第二図と同じ長谷川竹葉。穀物之類・莢豆之類・根塊の類の三つに分けた画面に、彩色画で記載しています。穀類には、米・麦・粟等のほかにトウモロコシも記載されています。 第三図 原図サイズ:58cm×81cm https://www.digital.archives.go.jp/gallery/0000000010







第四図


博物図
画家は、長谷川竹葉。葉茎類、葷辛類、海藻類、きのこ類の4つにわかれています。葷辛類には、ワサビやニンニクといった香辛料が描かれています。 四図 原図サイズ:58cm×81cm https://www.digital.archives.go.jp/gallery/0000000010









参考















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