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金箔地に揺れる千年の翠:『伝土佐光信筆 竹四季図屏風』に秘められた生命の循環と日本人の自然観

2025年1月25日
読了時間: 9分

更新日:8月28日



室町時代のやまと絵の絵師である土佐光信の伝承とされる屏風作品「伝土佐光信筆竹四季図屏風」です。しなやかに伸びる竹の姿を中心に、春夏秋冬の季節の移ろいや自然の豊かな息吹が、やまと絵ならではの繊細な筆致と色彩で優美に表現されています。
メトロポリタン美術館所蔵 伝土佐光信筆 竹四季図屏風 https://www.metmuseum.org/art/collection/search/45258




1. 静寂を破る風の音に刻まれた時空の詩編




アメリカ・ニューヨークのメトロポリタン美術館の静謐な展示空間において、遥かなる時空を超えて異国の来訪者を惹きつける一双の金地屏風が存在します。ハリー・G・C・パッカードコレクションの一端として昭和50年(1975年)に同館の所蔵となった『伝土佐光信筆 竹四季図屏風』は、縦約157センチメートル、横約360センチメートルにおよぶ六曲一双の堂々たる画面に、風にそよぐ竹林の変貌を緻密かつ流麗な筆致で描き出しています。かつて眩いばかりの光を放っていたであろう金箔の背景は、星霜を経て落ち着いた古色を帯び、余白の空間に幽玄な奥行きをもたらしています。画面の右端に視線を向けると、可憐な野の花とともに芽吹く若々しい竹の姿があり、そこから左へと視線を滑らせるにつれて、季節は初春から夏、秋、そして厳しい冬へと移ろいでいきます。  


日本の美意識において、絵画とは単なる景観の客観的な写実にとどまらず、時間と空間の連続的な流れを画面上に昇華させる試みでした。一双の屏風という限定された空間の中に、四季という途切れることのない生命の循環を封じ込め、見る者の心に風の音や草木の匂いまでも想起させる造形は、室町時代の美学が到達したひとつの頂点を示しています。竹という極めて強靭で普遍的な植物の生態を通して、当時の人々が自然の営みに何を見出し、どのような精神性を託していたのかを紐解く営みは、静寂の中に響く竹葉の擦れ合う音とともに始まります。  




2. 宮廷絵所の技と唐絵の融合がひらく新たな美の造形




本図の筆者として伝えられる土佐光信は、室町時代中期にあたる文明元年(1469年)に宮廷の絵所預に補任され、のちには室町幕府の大和絵御用をも兼ねた大和絵界の重鎮です。明応5年(1496年)には刑部大輔従四位下に叙されるなど高い栄位を得て、大永5年(1525年)頃に没するまで土佐派の黄金期を確立しました。当時の画壇は、中国から渡来した宋元画や水墨画、いわゆる「唐絵」が流行の中心にありましたが、土佐光信は伝統的な大和絵の細密な描写と繊細な色彩感覚を継承しつつ、水墨画の空間表現や力強い筆線を巧みに取り入れることで、伝統と革新を止揚した画風を生み出しました。  


『竹四季図屏風』の主題である「竹」は、元来、中国の文人画において高潔な志を象徴する画題として重んじられてきたものでした。しかし、土佐光信をはじめとする土佐派の絵師たちは、この外来の画題に日本特有の美意識である「四季の移ろい」や金箔地の背景を融合させ、完全なる大和絵的表現へと再解釈しました。右から左へと緩やかに流れる時間軸に沿って、画面には成長段階の異なる竹が配されています。太く節くれ立った成竹と、しなやかに伸ばされた若竹が絶妙なバランスで配置され、前後の奥行きと横方向への動的な広がりを画面にもたらしています。  


画面の構図を精査すると、計算し尽くされた装飾的配置と空間表現の技法が見て取れます。最も高く伸びた真竹の幹は画面の上枠を突き抜けるように描かれており、画面の外側にさらに広大な竹林が存在することを観者に予感させます。一方で、画面下部においては、新しく芽生えた若竹やタケノコが画面の境界線によって裁ち落とされ、観者自身の足元へと竹林が地続きで広がっているかのような感覚を抱かせます。  


さらに、近年の美術史的知見は、この作品がかつて屏風という形態ではなく、建築空間を構成する「襖障子」であった可能性を強く示唆しています。各画面の端に残された引き手の痕跡や継ぎ目の特徴から、本図はもともと室町時代の館や塔頭の居室を飾る四面の滑り戸として制作され、庭園の竹林と対話するように配置されていたと考えられます。室町時代の火災や建物の改築という歴史の荒波を経て、独立した一双の屏風へと仕立て直された本図は、移動可能な美術品として大切に継承され、海を渡って現代の私たちへとその美を伝えているのです。  




3. 大地に張り巡らされた地下茎と園芸文化の息吹




描かれた植物の観察を行うと、画家が実在する竹の構造を精確に把握した上で、意匠的な美効果を高めるための昇華を行っていることが分かります。日本列島に自生し、古くから人々の暮らしや園芸文化と密着してきた竹の代表格は真竹や淡竹です。江戸時代中期にあたる元文元年(1736年)頃に渡来したとされる大型の孟宗竹とは異なり、室町時代の竹林を構成していたのは、比較的幹が細く節が明瞭で、しなやかな枝ぶりを持つ真竹や淡竹でした。土佐光信はこれらの植物学的特性を踏まえつつ、装飾的効果のために複数の竹の形質を巧みに融合させて描写しています。  


竹の真の生命力は、地表に見える幹だけでなく、地中に広大に張り巡らされた「地下茎」のネットワークに存在します。1本の地下茎は長年にわたって地中を這い伸び、各所から新たなタケノコを地上へと突き出させます。画面右側に見られる初春の情景では、地表から顔を出したばかりのタケノコと、その周囲に咲く野の花々が描写されています。春を告げるスミレやナズナの小さく鮮やかな花々は、古くから和歌や連歌において春の季語として愛された植物であり、竹の足元を彩る詩的添景として添えられています。  


季節が夏へと進むと、若い竹は驚異的な速度で節を伸ばし、青々とした葉を包み込むように繁茂させます。秋の区画では、竹の幹に蔓を伸ばすツタの紅葉が描かれ、常緑である竹の緑との鮮やかな対比を形成します。そして左端の冬の区画に至ると、竹の細い枝葉は積もった雪の重みに耐えかねて大きく弧を描き、たわみながらも決して折れることのない強靭な弾力性を発揮します。  


室町時代後期は、日本の花卉文化や園芸文化、そして茶の湯の形成期としても極めて重要な時代でした。村田珠光から竹野紹鴎、そして千利休へと至る侘び茶の発展において、竹という素材は重要な役割を果たしました。それまで珍重された中国製の金属器や陶磁器に代わり、自然の竹の質感をそのまま活かした「竹茶杓」や、竹の節を残した「竹花入」が茶室の主役へと躍り出たのです。天正18年(1590年)の小田原征伐の際、千利休が韮山の真竹から創出した「園城寺」や「夜長」といった名花入に見られるように、竹の切断面の「節」や「樋」、煤竹の味わいに深い美を見出す感覚は、本屏風に見られる竹の構造への観察眼と等しく通底しています。  


季節の推移

描かれた植物と自然の生態表現

文化史的解釈と美学的意味

初春・春(画面右側)

地表から芽生えるタケノコ、足元に咲くスミレやナズナの可憐な小花。

連歌の初春の意象と連動。生命の誕生と新たな時間軸の始点を象徴。

夏(画面中央右)

直立して急速に成長する若竹、瑞々しく繁茂する青葉の群生。

旺盛な生命力と成長エネルギー。密生する竹林の動的立体感。

秋(画面中央左)

竹の幹に蔓を巻き付けて深紅に染まるツタ、落ち着きを増す竹葉。

常緑の緑とツタの紅葉の色彩対比。季節の深まりによる詩情の醸成。

冬(画面左側)

積雪の重みに大きく撓む枝葉、雪の中でも緑を保つ強靭な成竹。

厳寒に屈しない不屈の精神性。雪の白さと竹の緑が醸す静寂の美。

 



4. 節目に宿る神霊と常緑の葉が紡ぐ無常と再生の精神




日本人の自然観において、竹は単なる有用な資材や鑑賞用植物にとどまらず、神聖な精神性を帯びた存在として位置づけられてきました。古代からの固有の信仰において、中空でありながら天に向かってまっすぐに伸びる竹は、神霊が天から降臨する際の「依代」として敬われてきました。地鎮祭や神事に用いられる斎竹に見られるように、竹林は神域と現世を隔てる境界であり、清浄な気が満ちる聖域と考えられていたのです。  


同時に、仏教的な理念もまた、この屏風の描写に深く投影されています。画面の中で展開される老いた成竹とみずみずしい若竹の共存は、世代交代と生命の終わりのない再生サイクルを物語っています。古い幹が衰えてやがて土へと還り、そこから得た栄養によって新たな地下茎が芽を吹き、若竹が空を目指す姿は、個体の終わりを超えて続いていく大自然の循環そのものです。  


この視覚的な時間表現は、室町時代に花開いた連歌の文芸とも深い親和性を持っています。前の詠み手の句を受けて次の句を繋ぎ、季節の風景や感情を滑らかに変化させていく連歌の連なりは、右から左へと時が移り変わる屏風の絵画的展開と一致します。古典文学において竹は、移ろいやすい人間の心に寄り添う変らぬ存在として描かれてきました。冬の厳しい積雪の中でも緑を失わず、風にしなりながらも決して折れることのない竹の姿は、困難な時代を生き抜く人々にとって不屈の理想像でもありました。  

現代の写真家である杉本博司は、この15世紀の作品を捉え、静止した絵画の中に時間そのものの経過を捉えた概念的な試みであると評しています。単なる写実的な風景画を超えて、人間の人生観、時間の不可逆性、そして神霊を招く空間の気配までもが一枚の金地の上に結晶化されている点に、本作品の真の価値が存在するのです。  




5. 千年の時を超えて現代の暮らしに深く根を張る翠の遺産




日本花卉文化株式会社は、先人たちが積み重ねてきた植物への深い眼差しと、それを生活空間へと取り入れてきた文化的足跡を現代に受け継ぎ、発信することを重要な使命と考えております。『伝土佐光信筆 竹四季図屏風』に描かれた世界は、遠い室町時代の歴史的遺産にとどまらず、私たちが今を生きる都市生活の中にも静かに息づいています。  


住まいの中に一輪の花を生け、季節の草木を育て、竹のしなやかな製品を日常に取り入れるとき、私たちは千年前の先人たちが抱いたものと同じ自然への敬意と、心の安らぎを追体験することができます。節目を持ちながら高く垂直に伸びる竹の姿は、変化の激しい現代社会において、自らの軸を保ちつつ、しなやかに変化を受け入れて生きるための知恵を教えてくれます。  


先人たちが観察と情熱を通じて磨き上げてきた日本の花卉文化と美意識は、現代の暮らしに豊かなゆとりをもたらす不滅の財産です。一双の屏風の中に描かれた竹林が、幾多の季節を越えて青々とした翠を保ち続けているように、自然を尊ぶ日本の心もまた、未来に向かって色あせることなく受け継がれていきます。  







右隻


メトロポリタン美術館所蔵、伝土佐光信筆「竹四季図屏風」の右隻
メトロポリタン美術館所蔵 伝土佐光信筆 竹四季図屏風 https://www.metmuseum.org/art/collection/search/45258








左隻


メトロポリタン美術館所蔵、伝土佐光信筆「竹四季図屏風」の左隻
メトロポリタン美術館所蔵 伝土佐光信筆 竹四季図屏風 https://www.metmuseum.org/art/collection/search/45258









参考





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