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絢爛たる近代の眼差しが捉えた美しき国土:鉄道省『素晴らしき日本の六十の風景』に脈打つ自然美と文化的象徴

  • 2025年5月1日
  • 読了時間: 8分

更新日:8月9日



1. 錦の装丁に秘められた近代日本の景観美と時空の旅




東洋と西洋の文明が複雑に交差した大正時代中期、日本の出版文化と写真芸術は一つの頂点を迎えました。その時代精神を結晶化させた象徴的な存在が、当時の国家機関であった鉄道省によって発行された貴重な写真集『素晴らしき日本の六十の風景(英文タイトル:For remembrance: sixty views of sights and scenes in unique Japan)』です。大正9年(1920年)に鉄道院から官制改革を経て昇格した鉄道省は、日本の近代的発展を世界に示すとともに、日本固有の美を国外へ向けて発信する重要な使命を担っていました。本作品は、単なる個人の芸術的表現にとどまらず、国家的な目的と文化的な自負のもとに企画・制作された歴史的遺産です。  


手に取った者をまず魅了するのは、細部にまで職人の執念が宿る極めて豪華な装丁と製本技術です。外装には美麗な錦織の布表紙が用いられ、角切れや和の伝統を感じさせる紐綴じによって製本されています。さらに、書籍の天・小口・地の三辺すべてに眩い金箔を施す三方金の装飾が施されており、横15.5センチメートル、縦22.5センチメートルという比較的小型なアルバムでありながら、重厚かつ洗練された格調の高さを放っています。全120ページで頁番号の記載はなく、表紙を開くと60点の各写真の上に保護用の薄紙が添えられ、そこには英文による解説文が丁寧に印刷されています。この保護紙を一枚めくるごとに、当時の日本が誇る名勝や四季折々の情景が鮮やかに立ち現れる構造は、未知の美徳へと旅人を誘う物語的な美意識を具現化しています。  




2. 国家の志向と美意識の交差―外客誘致の国策が紡いだ写真芸術




本作品が刊行された背景には、大正時代における国際社会の動向と日本の外交・経済戦略が深く結びついています。明治45年(1912年)にわが国初の外客誘致機関としてジャパン・ツーリスト・ビューローが発足して以来、政府は海外からの観光客を誘致し、国内消費の創出、輸出貿易の発達、そして国交の円満を図る施策を活発に推進していました。大正12年(1923年)の関東大震災による試練を経ながらも復興へと歩みを進めた大正10年代半ば(1920年代半ば)、鉄道省は国際社会に向けた日本の文化的イメージの確立を目指し、本作品の編集を推進しました。  


美術史的観点から本作品を解剖すると、国策としての写真集でありながら、極めて高度な視覚表現と構図の美学が貫かれていることが分かります。掲載されている60点の写真は、ガラス乾板などで撮影された白黒写真を原画とし、職人が繊細な水彩絵の具を手作業で塗り重ねる手彩色写真の技術によって作られています。被写体には、国家の象徴である皇居二重橋を筆頭に、日光東照宮、富士山、箱根、天橋立、姫路城といった日本を代表する名勝が精選されています。構図においては遠近法を活用して景観の奥行きと威厳を際立たせつつ、欧米の読者を意識して長さや高さの単位にはメートル法ではなく英米圏のマイル、フィート、インチを採用しており、富士山の標高を12,395フィートと記述するなどの細やかな配慮が施されています。巻末には精緻な折りたたみの路線図が添えられており、実用的な交通案内と鑑賞価値の高い美術写真集が見事に融合した構造となっています。  




3. 命と技術の昇華―手彩色写真の技術革新と咲き誇る四季の園芸文化




『素晴らしき日本の六十の風景』の紙上に咲き誇る命の躍動は、明治期から大正期にかけて写真家である玉村康三郎やその弟子である高木庭次郎らが磨き上げた手彩色写真の技術革新によって支えられています。単なるモノクロームの記録写真に、熟練した職人が透明感のある色彩を幾重にも塗り重ねることで、版画や油彩画とは異なる独自のアナログな温もりと光彩が画面に与えられました。この手彩色の技法は、描かれた植物の生態特性や当時の園芸文化が持つ色彩のグラデーションを再現するうえで、比類なき効果を発揮しています。  


画面を彩る花木や景観は、江戸時代から大正期へと連綿と受け継がれてきた日本の園芸文化の熟達を示しています。向島の桜並木、堀切の菖蒲園、横浜の菊花園、みずみずしく垂れ下がる藤棚、そして日光の神聖な杉並木など、季節の移ろいを告げる植物たちは、当時の人々が自然をいかに愛で、育種や庭園造形に情熱を傾けてきたかという歴史的足跡を今に伝えています。大正期の園芸文化は、伝統的な意匠と近代的観察眼が融合した時代であり、本作品はその生態的美しさを永遠の瞬間として定着させています。  


描かれた植物・景観

手彩色写真における技法と描画表現

当時の園芸文化と歴史的・生態的象徴性

向島の桜(Cherry Blossom Avenue at Mukojima)

白黒写真の緻密な陰影に淡いピンク色の透明水彩を塗布し、春霞に包まれた墨堤の情緒を表現

江戸期より続く大衆的な花見文化の伝統と、近代都市東京における季節の美学の象徴

堀切の菖蒲(Horikiri Iris Garden)

水辺に咲く花弁の紫や白のニュアンスを手彩色で再現し、水面の反射と群生の立体感を際立たせる

江戸の園芸家たちが育種を重ねた花菖蒲の品種文化と、水辺の景観を慈しむ風流の伝統

日光の杉並木(Cryptomeria Avenue)

深緑のグラデーション塗布により、巨木がなす木漏れ日と静謐な空気感を画面に定着

東照宮参道として江戸初期に植樹された歴史的景観であり、神聖な自然と国家の威厳の象徴

藤棚と日本庭園(Wistaria Arbour & Japanese Garden)

垂れ下がる藤の花房と池水の情景を繊細な色彩塗布で描き出し、空間の奥行きを創出

蔓性植物の美を造園技術と融合させた日本庭園の至宝であり、優美な憩いの空間の象徴

 




4. 精神の昇華と象徴――花木に宿る日本の死生観と受け継がれる自然観




本作品が単なる観光案内を超えて深く心に響くのは、描かれた景色や植物の奥底に日本人固有の精神性と象徴性が投影されているからです。日本人は古来、四季折々に表情を変える自然の中に無常の美を見出し、自らの人生観や死生観、そして粋の美意識を重ね合わせてきました。一斉に咲き誇り潔く散る桜には命の儚さと一瞬の輝きを尊ぶ精神が込められ、菖蒲の凛とした佇まいには高潔な美学が込められています。また、深く静かな杉並木は、人智を超えた大自然への敬畏と信仰の心を象徴しています。  


さらに注目すべきは、本作品が自然景観だけでなく、歌舞伎や茶の湯、アイヌ文化、雅楽、剣術といった日本の伝統的な文化や風俗に関する写真もあわせて収録している点です。茶の湯に息づく一期一会の心や、歌舞伎の美しい動作に見られる型の美学は、日本庭園の洗練された造形や咲き誇る花々の生態美と深く結びついています。自然を征服する対象ではなく、人間と一体となって響き合う存在として慈しむ精神構造が、写真集全体を通じて見事に体系化されています。この包括的な日本文化の提示は、国外の人々に対しても言葉を超えた感銘を与え、日本の精神的深遠さを強く印象付けました。  




5. 現代の暮らしに生きる先人の足跡と未来へ紡ぐ美学




大正時代中期、鉄道省が国家的自負と美への情熱を傾けて刊行した『素晴らしき日本の六十の風景』は、一世紀近い時を経た現代においても、私たちに豊かな視覚的感動と文化的示唆を与え続けています。手彩色写真に込められた職人たちの先駆的執念や、錦織と三方金で彩られた豪華な装丁からは、自国の文化と自然景観に対する誇りが脈々と伝わってきます。先人たちが観察眼と愛情をもって記録した日本の美しさは、私たちが守り伝えるべき文化遺産の原点と言えます。  


私たち日本花卉文化株式会社は、こうした歴史的写真集に刻まれた美意識と伝統を現代の暮らしの中に再発見し、未来へと発信し続けることを大切な使命と考えております。本作品が捉えた咲き誇る花木や自然との調和の精神は、現代社会における都市緑化や持続可能な環境づくり、そして日常に心地よい癒やしをもたらす生活文化の中に深く息づいています。時代が移り変わろうとも、自然の美しい営みに心を寄せ、そこに人生の彩りを見出す日本人の精神性は揺らぎません。先人の足跡に敬意を払いながら、花と緑が織りなす豊潤な文化を次の世代へと紡いでいくことこそが、心豊かな社会を育む道筋となるのです。  









表紙

黄土色の模様入り表紙の古いアルバム。左に紫の房紐、中央に退色したラベルでFOR REMEMBRANCE、UNIQUE JAPAN、Tokyo, Japanとある。
『For remembrance : sixty views of sights and scenes in unique Japan』,The Japanese Government Railways,[19--]. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1901931

上野公園の桜

桜並木の広場で、満開のピンクの花の下を傘を差した人々が歩く、春の穏やかな風景。
『For remembrance : sixty views of sights and scenes in unique Japan』,The Japanese Government Railways,[19--]. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1901931


堀切菖蒲園

花咲く庭園の小道を、和装の女性2人が傘をさして歩く。石灯籠と木造の建物があり、静かな春の雰囲気。
『For remembrance : sixty views of sights and scenes in unique Japan』,The Japanese Government Railways,[19--]. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1901931


妙義山

青空と雲の下、山腹にそびえる奇岩群と紅葉・黄葉の森が広がる風景。静かで壮観な自然景観。
『For remembrance : sixty views of sights and scenes in unique Japan』,The Japanese Government Railways,[19--]. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1901931



場所不明

池と小さな橋、噴水のある庭園風景。木々や花が色鮮やかで、奥に建物が見える静かな昼の景色。
『For remembrance : sixty views of sights and scenes in unique Japan』,The Japanese Government Railways,[19--]. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1901931



須賀川市の牡丹

本を開いたページに、ピンクや白の牡丹が咲き乱れる庭園写真。木々と青空を背景に、静かで春らしい雰囲気。
『For remembrance : sixty views of sights and scenes in unique Japan』,The Japanese Government Railways,[19--]. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1901931



日光市の杉並木

高い杉並木に挟まれた砂利道がまっすぐ続く静かな風景。写真は本のページに印刷されている。
『For remembrance : sixty views of sights and scenes in unique Japan』,The Japanese Government Railways,[19--]. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1901931



札幌の神社の桜並木

桜並木の参道に大きな黒い鳥居が立ち、左右に小さな社と石柱がある静かな春の風景。
『For remembrance : sixty views of sights and scenes in unique Japan』,The Japanese Government Railways,[19--]. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1901931



金閣寺

池の向こうに金色の金閣寺が立つ風景。手前に岩と木があり、静かな水面に映り込み、落ち着いた雰囲気。
『For remembrance : sixty views of sights and scenes in unique Japan』,The Japanese Government Railways,[19--]. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1901931



亀戸天神

池のある和風庭園に、木造の塔とアーチ橋、紫の藤が咲き、静かな水面に景色が映る。
『For remembrance : sixty views of sights and scenes in unique Japan』,The Japanese Government Railways,[19--]. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1901931



日光東照宮

森に囲まれた神社の境内。赤と金の装飾が施された社殿、石灯籠、階段が並び、静かな雰囲気。
『For remembrance : sixty views of sights and scenes in unique Japan』,The Japanese Government Railways,[19--]. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1901931







参考






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